2011.11.09
四半世紀以上昔のことになるが、芦原先生から「うまい焼肉屋があるんで行こう!」と声をかけていただいた。
当時、東京本部のあった西新宿から、先生と何人かの道場生で歩きながら新宿三丁目方面に向かったのだが、目的の場所らしきあたりに着いたころから先生が「あれ」「おかしいなあ」とつぶやき始めた。
そして我々は新宿通りから三丁目あたりをぐるぐるまわり、靖国通りに出て、区役所のあたりまで来て引き返す、といったことを何度か繰り返した。道に迷ったのである。
「確かこの辺なんだけどなあ」とおっしゃる先生に、道場生たちは常に「押忍!」と大きな声で答えていたのだがなかなかお店は見つからない。当時大学生だった私は、焼肉と聞いて心うきうきだったし、他の弟子たちも似たり寄ったりであった。
「いやあ、ついこの間来たばかりなんだけど、コブクロがうまい店なんだよ」。先生はその店がいかにいいお店かを説明しながら歩き続けるのだが、やはり見つからない。「ビルの一階だからすぐにわかるはずなんだけどなあ」
どれくらい歩いただろうか、当然先生が大きな声で「そうか、わかった」とおっしゃった。やっとお店の位置を思い出したのかと道場生の間に安堵の雰囲気が、一抹の不安を含みながらもかすかに漂った。
「ビルが無くなったんだよ。やっぱり東京は移り変わりが早いけんなあ。ちょっと見らんうちに潰れたんだな。ビル自体が無いけんなあ」
道場生全員が力を無くした声で、「押忍(……そんなはずはないです、先生)」と答えた。